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	<title>Senrinomichi 千里の道</title>
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	<description>Support for victims of the triple disaster of March 11</description>
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		<title>忘れない</title>
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		<pubDate>Mon, 11 Mar 2013 00:15:13 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Senrinomichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[Uncategorized]]></category>

		<guid isPermaLink="false">http://www.senrinomichi.com/?p=5293</guid>
		<description><![CDATA[今日は東日本大震災の二周年。 &#160; 私たちは去年のこの日に15850人の男女、そして子供たちが亡くなった事を忘れない。 &#160; 氷のように冷たい海にさらわれていった人々を。 崩壊する建物の下敷きになった人々を。 &#160; 地震後助けを呼んでも誰も気がつかず、飢餓で死に至った人々を。 &#160; 私たちは 3,287人がいまだに行方不明なのを忘れない。 6,011人のけがに苦しんだ人々を。 1,580 人の片親または両親を亡くした子供たちを。 &#160; 私たちは 260,000 人がいまだに仮設住宅で暮らしていることを忘れない。 150,837 人の原発の避難区域から避難した、もしかしたら一生自分の街に戻れない人々を。 &#160; 私たちは忘れない。 この数字の一つ一つに人間の本当の命があることを。 &#160; 私たちは統計上入らない人々も数えきれないほどいることを忘れない。 &#160; 家族を失くした人々を。 友達を失くした人々を。 生活の基盤を失くした人々を。 希望を失い自ら命を絶った人々を。 生きる意志を失いながらもなんとか毎日を送っている人々を。 &#160; 私たちは避難区域に残っている人々も忘れない。 見捨てられた動物にえさを与えるために違法に残っている人々を。 合法に地獄の入り口で働いている人々を。 &#160; 私たちは放射能を恐れて生きていかなければならない人々も忘れない。 遊ぶ時間が制限された子供たちを。 子供を心配する親たちを。 &#160; あなた達の一人一人に 神様がついていますように いつでもどこでも &#160; &#160; 私たちはこの美しい海岸を忘れない。 何十万の見事に茂った木が 一年前に突然に永遠に踏みにじられてしまったことを。 &#160; 私たちはこの土壌と海を忘れない。 そこに生きる放射能物質に汚染された野生動物と海の生き物を。 悲運にも見捨てられた家畜たちを。 &#160; 私たちはあの日以来自然に対する関係が永遠に変わってしまった人々を忘れない。 &#160; [...]]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p>今日は東日本大震災の二周年。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは去年のこの日に15850人の男女、そして子供たちが亡くなった事を忘れない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>氷のように冷たい海にさらわれていった人々を。</p>
<p>崩壊する建物の下敷きになった人々を。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>地震後助けを呼んでも誰も気がつかず、飢餓で死に至った人々を。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは 3,287人がいまだに行方不明なのを忘れない。</p>
<p>6,011人のけがに苦しんだ人々を。</p>
<p>1,580 人の片親または両親を亡くした子供たちを。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは 260,000 人がいまだに仮設住宅で暮らしていることを忘れない。</p>
<p>150,837 人の原発の避難区域から避難した、もしかしたら一生自分の街に戻れない人々を。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは忘れない。</p>
<p>この数字の一つ一つに人間の本当の命があることを。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは統計上入らない人々も数えきれないほどいることを忘れない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>家族を失くした人々を。</p>
<p>友達を失くした人々を。</p>
<p>生活の基盤を失くした人々を。</p>
<p>希望を失い自ら命を絶った人々を。</p>
<p>生きる意志を失いながらもなんとか毎日を送っている人々を。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは避難区域に残っている人々も忘れない。</p>
<p>見捨てられた動物にえさを与えるために違法に残っている人々を。</p>
<p>合法に地獄の入り口で働いている人々を。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは放射能を恐れて生きていかなければならない人々も忘れない。</p>
<p>遊ぶ時間が制限された子供たちを。</p>
<p>子供を心配する親たちを。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>あなた達の一人一人に</p>
<p>神様がついていますように</p>
<p>いつでもどこでも</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちはこの美しい海岸を忘れない。</p>
<p>何十万の見事に茂った木が</p>
<p>一年前に突然に永遠に踏みにじられてしまったことを。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちはこの土壌と海を忘れない。</p>
<p>そこに生きる放射能物質に汚染された野生動物と海の生き物を。</p>
<p>悲運にも見捨てられた家畜たちを。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちはあの日以来自然に対する関係が永遠に変わってしまった人々を忘れない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは親しみのあるあの国を忘れない。</p>
<p>あの日以来その国が永遠に変わってしまったとしても。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>そうすることで人々が、土壌が、海が、そして木々が少しでも一人ぼっちでなくなるから。</p>
<p>そうすることでずっと覚えていられるから。</p>
<p>そうすることでまた同じ過ちを犯さないだろうから。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>でもそれだけが理由ではない</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>私たちは忘れない、わたしたちは忘れない。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>なぜならそうせずにはいられないから。</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>偶然のデモ参加: 紫陽花の金曜日は続く</title>
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		<pubDate>Thu, 27 Sep 2012 18:03:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Senrinomichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[News from Japan]]></category>

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		<description><![CDATA[東京で行われる毎週金曜日の反原発デモについてもっともよく書かれていると思うのは友人のヤシンタさんの文章です。彼女の最初の投稿はこのリンクで見られます。以下はその続きです。 &#160; 写真：キエルト・ドゥイツ &#160; 偶然のデモ参加: 紫陽花の金曜日は続く 金曜日の夕方がやってきた。コンピュータを閉じて毎週の夜集会に仲間と参加する時間だ。 ここ数カ月間、私は首相官邸前で行われる毎金曜日のデモに参加している。紫陽花（あじさい）革命と呼ばれている活動で、大飯原発の再稼働反対と、原子力発電そのものに反対を唱えている。新参者であった私も今ではすっかりこのデモに参加する習慣が身についてしまった。 国会議事堂前駅、4番出口を出たら右に曲がって1ブロックほど進み、遅く来た人たちに開けられた列の後ろに並ぶ。親切な警官が道路に並び私たちに正しい方向を教えてくれる。もう勝手は分かっているし、間違えることはまずない。間違える可能性もない。警察と主催者が一緒になって大衆を歩道の上3分の2の幅に決められた狭いデモ行進の列に導いていく。残りの3分の１の幅は通常の歩行者と途中で抜けるデモ参加者のために開けておかなくてはいけない。この几帳面な行いに戸惑う人がいるかもしれないけど、私はこの断固として止められない、平和的な配慮を好ましく思う。これがまさに私の知っている良き日本である。 午後6時。抗議の声が始まる。最初はオーケストラの音合わせのようにためらい気味だが、すぐに集団の一つ一つの声はお互いを探し出し、聞きなれた共通のリズムでぴったりと揃い2時間のあいだ響きあう。私もできる限りの声で叫び、普段はソフトな話し方をすると言われる自分でも驚くほど大きくなる。唱える言葉はよくわかっている。その言葉はすっかり私たちの心に魂に刻み込まれている。 デモの仲間といるとここが自分の居場所だという気がする。このデモ行進の列の中にいることで、自分の反核の姿勢を確信することができる。ほんの少し周りを見てみるだけでいい。私がここで目にするものは過激なデモ集団ではなく日本にどこでもいる人たちの顔だ。子供を持つ親や祖父母、自分たちの子供や孫の未来を心配している人たちだ。そして若者、中にはもう家庭を持つことを考えている若者もいるだろう。サラリーマン、学生、経営者、主婦、僧侶。リストはまだ続く。ときには警察官の中にもデモ参加者に合わせて同じ言葉を唱える人もいるらしい。観察眼のある友人はある晩目撃したと言っていた（もちろん、至って明らかな理由でその唇はほんのわずかな動きしか見せなかったらしいけど）。 午後6時半。デモの雰囲気はポジティブで、平和で、お祭り気分のようでさえある。中年のサラリーマンがスーツのまま参加してきた。自作のプラカードをブリーフケースから取り出す。それはA4サイズのコピー用紙2枚をホチキスで留めたものだった。反核のスローガンがホワイトボードによく使うような青、赤、黒色のペンでていねいに書かれていた。この人はまさに今日の午後急に思い立って今晩の集会に参加したのかもしれない。何か自分に貢献できることはないかと思って、手元にあったありあわせのものでプラカードを作ったのかもしれない。 私は彼の行動に感動していた。こういう人に私は感銘を受け、なぜ自分がここにいるのかを改めて思い出す。そのほかにも93歳で毎金曜日を逃すことなく必ずやって来る男性や、この晩もっと遅くに出会った外国人の修道女にも。彼女は反核のプラカードを高く掲げ、熱心に再稼働反対を唱える合間に周りの皆と話をしていた。他にも毎週毎週やってくる盲目のカップルにも。実はこのデモ集会に集まるすべての人に、はじめてくる人もベテランの人も同様に、言いたいことがあって来る、そして自分たちが行くことに意義があると信じるすべての人に私は敬服しているのだ。 もし私たちが行って反核を唱えなければ、私たちの存在を知る人はいない。もし私たちが何も言わなければ、数に入れてもらえない。しかし私たちは一人一人が数えられる意見なのだ。沈黙が私たちの将来を決めるのと同様、私たちが意見を言うことで将来は決まる。 全体的に言ってこの金曜日のデモは反核運動の中で重要な意味を持ちつつある。大がかりなデモ行進の間で毎週行われるこの集会は、デモ参加者に弾みをつけ、普通の人々がいつでも自分の意見を見つけ、表明したいと思ったときそうできる機会を与えている。怒りをぶつけ、自分たちの願いと希望をはっきりと伝えるために。 これは実に日本では目覚めの動きだというのにほかならない、革命の時なのだ。反核の動きはこの国の政治状況を変えてきている。メディアはもうこれ以上この抗議を無視できなくなった。将来のエネルギー方針に関する最近の公聴会では政府は大部分の国民が今では原発をゼロにすることを望んでいると認めざるを得ない状況に追い込まれた。 かつての声なき大衆はもう黙ってはいない。人々は原子力発電の最終的なコストに気がつき始めた。福島の代償は高すぎる。この地震の多い日本で福島のような事故はもう起きないと思っている人はほとんどいない。大部分とは言わないが、少なくとも多くの人は今では政府、発電所、そして電力会社に深い不信感をもっている。 午後8時。デモは終わった。最後の再稼働反対の呪文を唱えて私たちはその場を去る。ばったり日本人の友人に出くわし、この後またデモがあって、それは新しくできた原子力規制委員会の初代委員長、田中俊一氏の物議をかもした任命に対する抗議であると言う。一時間後に私はその友人と若い日本人の女性と手を握り、ヒューマン・チェーンになって官庁の一つをとり囲んで抗議に参加していた。 夜は更けて、腕が痛かった。お腹も空いていたし、のども渇いていたが、完全に満ち足りた気分だった。私はまさに自分がいたい場所にいた。 &#160; &#160;]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><a href="http://www.senrinomichi.com/wp-content/uploads/jacinta2.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-5680" title="jacinta" src="http://www.senrinomichi.com/wp-content/uploads/jacinta2-300x199.jpg" alt="" width="300" height="199" /></a></p>
<p>東京で行われる毎週金曜日の反原発デモについてもっともよく書かれていると思うのは友人の<a href="http://www.facebook.com/JacintaHin?fref=ts" target="_blank">ヤシンタさん</a>の文章です。彼女の最初の投稿はこの<span style="text-decoration: underline;"><a title="Hydrangea Fridays: Voices from the Heart" href="http://www.senrinomichi.com/?p=5617">リンク</a></span>で見られます。以下はその続きです。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>写真：<a href="http://www.duits.co/en/" target="_blank">キエルト・ドゥイツ</a></p>
<p>&nbsp;</p>
<p><strong>偶然のデモ参加: 紫陽花の金曜日は続く</strong></p>
<p><strong><br />
</strong></p>
<p>金曜日の夕方がやってきた。コンピュータを閉じて毎週の夜集会に仲間と参加する時間だ。</p>
<p>ここ数カ月間、私は首相官邸前で行われる毎金曜日のデモに参加している。紫陽花（あじさい）革命と呼ばれている活動で、大飯原発の再稼働反対と、原子力発電そのものに反対を唱えている。新参者であった私も今ではすっかりこのデモに参加する習慣が身についてしまった。</p>
<p>国会議事堂前駅、4番出口を出たら右に曲がって1ブロックほど進み、遅く来た人たちに開けられた列の後ろに並ぶ。親切な警官が道路に並び私たちに正しい方向を教えてくれる。もう勝手は分かっているし、間違えることはまずない。間違える可能性もない。警察と主催者が一緒になって大衆を歩道の上3分の2の幅に決められた狭いデモ行進の列に導いていく。残りの3分の１の幅は通常の歩行者と途中で抜けるデモ参加者のために開けておかなくてはいけない。この几帳面な行いに戸惑う人がいるかもしれないけど、私はこの断固として止められない、平和的な配慮を好ましく思う。これがまさに私の知っている良き日本である。</p>
<p>午後6時。抗議の声が始まる。最初はオーケストラの音合わせのようにためらい気味だが、すぐに集団の一つ一つの声はお互いを探し出し、聞きなれた共通のリズムでぴったりと揃い2時間のあいだ響きあう。私もできる限りの声で叫び、普段はソフトな話し方をすると言われる自分でも驚くほど大きくなる。唱える言葉はよくわかっている。その言葉はすっかり私たちの心に魂に刻み込まれている。</p>
<p>デモの仲間といるとここが自分の居場所だという気がする。このデモ行進の列の中にいることで、自分の反核の姿勢を確信することができる。ほんの少し周りを見てみるだけでいい。私がここで目にするものは過激なデモ集団ではなく日本にどこでもいる人たちの顔だ。子供を持つ親や祖父母、自分たちの子供や孫の未来を心配している人たちだ。そして若者、中にはもう家庭を持つことを考えている若者もいるだろう。サラリーマン、学生、経営者、主婦、僧侶。リストはまだ続く。ときには警察官の中にもデモ参加者に合わせて同じ言葉を唱える人もいるらしい。観察眼のある友人はある晩目撃したと言っていた（もちろん、至って明らかな理由でその唇はほんのわずかな動きしか見せなかったらしいけど）。</p>
<p>午後6時半。デモの雰囲気はポジティブで、平和で、お祭り気分のようでさえある。中年のサラリーマンがスーツのまま参加してきた。自作のプラカードをブリーフケースから取り出す。それはA4サイズのコピー用紙2枚をホチキスで留めたものだった。反核のスローガンがホワイトボードによく使うような青、赤、黒色のペンでていねいに書かれていた。この人はまさに今日の午後急に思い立って今晩の集会に参加したのかもしれない。何か自分に貢献できることはないかと思って、手元にあったありあわせのものでプラカードを作ったのかもしれない。</p>
<p>私は彼の行動に感動していた。こういう人に私は感銘を受け、なぜ自分がここにいるのかを改めて思い出す。そのほかにも93歳で毎金曜日を逃すことなく必ずやって来る男性や、この晩もっと遅くに出会った外国人の修道女にも。彼女は反核のプラカードを高く掲げ、熱心に再稼働反対を唱える合間に周りの皆と話をしていた。他にも毎週毎週やってくる盲目のカップルにも。実はこのデモ集会に集まるすべての人に、はじめてくる人もベテランの人も同様に、言いたいことがあって来る、そして自分たちが行くことに意義があると信じるすべての人に私は敬服しているのだ。</p>
<p>もし私たちが行って反核を唱えなければ、私たちの存在を知る人はいない。もし私たちが何も言わなければ、数に入れてもらえない。しかし私たちは一人一人が数えられる意見なのだ。沈黙が私たちの将来を決めるのと同様、私たちが意見を言うことで将来は決まる。</p>
<p>全体的に言ってこの金曜日のデモは反核運動の中で重要な意味を持ちつつある。大がかりなデモ行進の間で毎週行われるこの集会は、デモ参加者に弾みをつけ、普通の人々がいつでも自分の意見を見つけ、表明したいと思ったときそうできる機会を与えている。怒りをぶつけ、自分たちの願いと希望をはっきりと伝えるために。</p>
<p>これは実に日本では目覚めの動きだというのにほかならない、革命の時なのだ。反核の動きはこの国の政治状況を変えてきている。メディアはもうこれ以上この抗議を無視できなくなった。将来のエネルギー方針に関する最近の公聴会では政府は大部分の国民が今では原発をゼロにすることを望んでいると認めざるを得ない状況に追い込まれた。</p>
<p>かつての声なき大衆はもう黙ってはいない。人々は原子力発電の最終的なコストに気がつき始めた。福島の代償は高すぎる。この地震の多い日本で福島のような事故はもう起きないと思っている人はほとんどいない。大部分とは言わないが、少なくとも多くの人は今では政府、発電所、そして電力会社に深い不信感をもっている。</p>
<p>午後8時。デモは終わった。最後の再稼働反対の呪文を唱えて私たちはその場を去る。ばったり日本人の友人に出くわし、この後またデモがあって、それは新しくできた原子力規制委員会の初代委員長、田中俊一氏の物議をかもした任命に対する抗議であると言う。一時間後に私はその友人と若い日本人の女性と手を握り、ヒューマン・チェーンになって官庁の一つをとり囲んで抗議に参加していた。</p>
<p>夜は更けて、腕が痛かった。お腹も空いていたし、のども渇いていたが、完全に満ち足りた気分だった。私はまさに自分がいたい場所にいた。</p>
<p>&nbsp;</p>
<p>&nbsp;</p>
]]></content:encoded>
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		<title>紫陽花の金曜日: 心の声</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Jul 2012 18:41:05 +0000</pubDate>
		<dc:creator>Senrinomichi</dc:creator>
				<category><![CDATA[News from Japan]]></category>

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		<description><![CDATA[紫陽花の金曜日: 心の声 (ヤシンタ　ヒン, Jacinta Hin) 過去30年以上の間、私はいかなる種類のデモというものにも、そのほかの社会参加活動にも参加したことがなかった。過去数十年間わたしが参加した社会的なアクティビティと言われる行為に最も近かったものは、時たま食事やワインを交えたテーブルで友達と交わすディスカッションぐらいなものだった。それもほとんどは娯楽としてのディスカッションや自分のディベートのスキルを磨こうと思ってこのことである。 だから日本で3月11日以降の反原発のデモが起きた最初のころでも、私は自分の予定がない時に限って先頭に立つ熱心な友達に連れられて1度や2度参加しただけにすぎない。 しかし東京で大飯原発再稼働に反対する毎金曜日のデモが始まった時、何かが私の中で変わった。 今では私の週間スケジュールにはこのデモ参加がしっかり組み込まれて、そのほかのすべての用事はこのデモの時間を避けて入れられる。それはある金曜の晩、自分の生半可な取り組みに嫌気がさした私が、自分一人でこのデモに参加することにしたことから始まった。グループや集団の中にいるとちょっと落ち着かないような、どちらかと言うとシャイな性格の私にとってこれは少し勇気が要ることだった。 この最初の金曜日、もう数週間前になるが、雨の中抗議する仲間たちと並んで彼らの穏やかな叫び声にちょっと気後れしながら自分も声を出してみると、自分の中の何かにエンジンがかかった。私は自分の意見を言っているのではない。自分の声をここにいるほかの何千人の声と合わせているのだ。 同時に自分がここにいるということが重要なんだとひどく感じた。もしここにいる私たち全員が毎金曜日こうして姿を現し続けたら、最終的には私たちの声は届くだろう。最終的には影響力のあるメディアが取り上げて重要な政治家が議題に取り上げるだろう（そしてそうなった！）。そしてさらに重要なことに、私たちがほかの人たちの心に訴えかけ、その人たちも参加するようになる。まさに私が同じように感銘し、自分も参加して意思を表明しようと思ったように。こうしてこのデモは大きくなり、次第に重要な位置を占めていく。 周りを見回すと、新参者のデモ参加者は私一人ではない。たくさんの人が、私のように一人でやってきて、初めて参加するように見える。叫ぶというより囁くように声を出し、次第に段取りをつかんでいくように見える。こんな新米の参加者たちは私と同じような理由で今日みたいな雨の金曜日に出てこようと駆り立てられて来たのだ。 日本にいる多くの人が福島の事故とその後の政府や旧体制的な電力会社の決断や処理の仕方に、ただ単に怒って（あるいは圧倒されて）いるだけではないと思う。彼らはそれと同時にこの長年続いた快適な暮らしによって、これほどにも能天気に無知でい続けてきた自分自身に憤っているのだと思う。そして自分たちが何をしてもどうせ何も変わらないんだという無力感を持ち、ただ圧倒されていることに嫌気がさしているのだ。私たちはターニングポイントに来ている。個人としてばかりでなく（ここ日本の多くの個人が今その状況であるだろうが）、社会全体として。私たちは小さな核家族に属しているだけではなく、もっと大きなグループに属しているのだと気付き始めた。そしてこのグループと、日本人と、私のような外国人にとっては世界全体が、私たちに地球の根本に他ならないことを表明してほしいと願っている。 金曜日のデモで繰り返す私たちのセリフはこのことを要約している。私たちの畑を、食べ物を、福島を（もとあったように）返してほしい。生物を守って子孫を守りたい。原子力発電は必要ではない、大飯原発を始めそのほかのすべての原子力発電所の再稼働に反対する。 私たちのメッセージは最終的には本当にこんなにシンプルなのだ。好きなだけ複雑にして言うことはできるけど、本質としてはこれだけ簡潔なことだ。どういうふうに暮らしたいか？私たちの共有の土壌がどうあってほしいか？何が一番重要か？議論を核心の問題に戻すと、見方は非常にシンプルになり、政府の官僚や東京電力の幹部を含んだ個人個人の目の前に、本当は何が最も重要なのかが再び明瞭になって来る。少なくともこれが私の信じるところだ。 金曜日のデモで（そしてほかのすべてのポスト3月11日・反原発のデモで）私たちは安全な暮らしについての新しい見解を求め、新しい判断規準の始まりを提案している。私たちは人々に、この国の指導者と市民に同様に、自力でこの見解や規準を探し、単なる自己の利益以上のもののために立ち上がることを要求している。 そのために私たちは毎金曜日、雨の日もそうでない日もここにいるのだ。自分たちだけでなく、皆のためにどのように暮らしていけばよいかを心から話すために。 私にとってこの金曜のデモは心の活動である。私たちは巨大なデモ行進を実行するスリルを楽しむような、怒れる人の集団ではない。私たちは自分の意見を探し、表明しようとするごく普通の人々である。私たちの多くは今までどんな抗議のデモにも参加したことがない。私たちは日本人か日本に住む外国人で、それぞれが親であったり、祖父母であったり、ティーンエイジャーであったり、若者であったり、ビジネスマンであったりする。 あらゆる境遇の普通の人々が、いま自分たち一人一人の声が大切であって、影響力があることを学んでいる。特に過去、現在、そして未来を思って団結するときに。 &#160; &#160;]]></description>
			<content:encoded><![CDATA[<p><strong><a href="http://www.senrinomichi.com/wp-content/uploads/zentou3.jpg"><img class="alignleft size-medium wp-image-5661" title="zentou" src="http://www.senrinomichi.com/wp-content/uploads/zentou3-300x223.jpg" alt="" width="300" height="223" /></a>紫陽花の金曜日: 心の声 </strong></p>
<p><strong>(ヤシンタ　ヒン, Jacinta Hin)</strong></p>
<p><strong><br />
</strong></p>
<p>過去30年以上の間、私はいかなる種類のデモというものにも、そのほかの社会参加活動にも参加したことがなかった。過去数十年間わたしが参加した社会的なアクティビティと言われる行為に最も近かったものは、時たま食事やワインを交えたテーブルで友達と交わすディスカッションぐらいなものだった。それもほとんどは娯楽としてのディスカッションや自分のディベートのスキルを磨こうと思ってこのことである。</p>
<p>だから日本で3月11日以降の反原発のデモが起きた最初のころでも、私は自分の予定がない時に限って先頭に立つ熱心な友達に連れられて1度や2度参加しただけにすぎない。</p>
<p>しかし東京で大飯原発再稼働に反対する毎金曜日のデモが始まった時、何かが私の中で変わった。</p>
<p>今では私の週間スケジュールにはこのデモ参加がしっかり組み込まれて、そのほかのすべての用事はこのデモの時間を避けて入れられる。それはある金曜の晩、自分の生半可な取り組みに嫌気がさした私が、自分一人でこのデモに参加することにしたことから始まった。グループや集団の中にいるとちょっと落ち着かないような、どちらかと言うとシャイな性格の私にとってこれは少し勇気が要ることだった。</p>
<p>この最初の金曜日、もう数週間前になるが、雨の中抗議する仲間たちと並んで彼らの穏やかな叫び声にちょっと気後れしながら自分も声を出してみると、自分の中の何かにエンジンがかかった。私は自分の意見を言っているのではない。自分の声をここにいるほかの何千人の声と合わせているのだ。</p>
<p>同時に自分がここにいるということが重要なんだとひどく感じた。もしここにいる私たち全員が毎金曜日こうして姿を現し続けたら、最終的には私たちの声は届くだろう。最終的には影響力のあるメディアが取り上げて重要な政治家が議題に取り上げるだろう（そしてそうなった！）。そしてさらに重要なことに、私たちがほかの人たちの心に訴えかけ、その人たちも参加するようになる。まさに私が同じように感銘し、自分も参加して意思を表明しようと思ったように。こうしてこのデモは大きくなり、次第に重要な位置を占めていく。</p>
<p>周りを見回すと、新参者のデモ参加者は私一人ではない。たくさんの人が、私のように一人でやってきて、初めて参加するように見える。叫ぶというより囁くように声を出し、次第に段取りをつかんでいくように見える。こんな新米の参加者たちは私と同じような理由で今日みたいな雨の金曜日に出てこようと駆り立てられて来たのだ。</p>
<p>日本にいる多くの人が福島の事故とその後の政府や旧体制的な電力会社の決断や処理の仕方に、ただ単に怒って（あるいは圧倒されて）いるだけではないと思う。彼らはそれと同時にこの長年続いた快適な暮らしによって、これほどにも能天気に無知でい続けてきた自分自身に憤っているのだと思う。そして自分たちが何をしてもどうせ何も変わらないんだという無力感を持ち、ただ圧倒されていることに嫌気がさしているのだ。私たちはターニングポイントに来ている。個人としてばかりでなく（ここ日本の多くの個人が今その状況であるだろうが）、社会全体として。私たちは小さな核家族に属しているだけではなく、もっと大きなグループに属しているのだと気付き始めた。そしてこのグループと、日本人と、私のような外国人にとっては世界全体が、私たちに地球の根本に他ならないことを表明してほしいと願っている。</p>
<p>金曜日のデモで繰り返す私たちのセリフはこのことを要約している。私たちの畑を、食べ物を、福島を（もとあったように）返してほしい。生物を守って子孫を守りたい。原子力発電は必要ではない、大飯原発を始めそのほかのすべての原子力発電所の再稼働に反対する。</p>
<p>私たちのメッセージは最終的には本当にこんなにシンプルなのだ。好きなだけ複雑にして言うことはできるけど、本質としてはこれだけ簡潔なことだ。どういうふうに暮らしたいか？私たちの共有の土壌がどうあってほしいか？何が一番重要か？議論を核心の問題に戻すと、見方は非常にシンプルになり、政府の官僚や東京電力の幹部を含んだ個人個人の目の前に、本当は何が最も重要なのかが再び明瞭になって来る。少なくともこれが私の信じるところだ。</p>
<p>金曜日のデモで（そしてほかのすべてのポスト3月11日・反原発のデモで）私たちは安全な暮らしについての新しい見解を求め、新しい判断規準の始まりを提案している。私たちは人々に、この国の指導者と市民に同様に、自力でこの見解や規準を探し、単なる自己の利益以上のもののために立ち上がることを要求している。</p>
<p>そのために私たちは毎金曜日、雨の日もそうでない日もここにいるのだ。自分たちだけでなく、皆のためにどのように暮らしていけばよいかを心から話すために。</p>
<p>私にとってこの金曜のデモは心の活動である。私たちは巨大なデモ行進を実行するスリルを楽しむような、怒れる人の集団ではない。私たちは自分の意見を探し、表明しようとするごく普通の人々である。私たちの多くは今までどんな抗議のデモにも参加したことがない。私たちは日本人か日本に住む外国人で、それぞれが親であったり、祖父母であったり、ティーンエイジャーであったり、若者であったり、ビジネスマンであったりする。</p>
<p>あらゆる境遇の普通の人々が、いま自分たち一人一人の声が大切であって、影響力があることを学んでいる。特に過去、現在、そして未来を思って団結するときに。</p>
<p>&nbsp;</p>
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		<title>(English) Nuclear Ginza</title>
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		<pubDate>Mon, 23 Jul 2012 17:55:20 +0000</pubDate>
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		<title>(English) The Challenge (Stories from Fukushima)</title>
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		<pubDate>Sun, 20 May 2012 06:23:21 +0000</pubDate>
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		<title>(English) From Carp into Dragons</title>
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		<pubDate>Sat, 05 May 2012 09:10:38 +0000</pubDate>
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		<title>(English) Fukushima, the island of happiness (Alain de Halleux)</title>
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		<pubDate>Sun, 29 Apr 2012 07:26:06 +0000</pubDate>
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		<title>(English) Reset &#8211; Beyond Fukushima : offering a voice to the workers at Fukushima Daiichi</title>
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		<pubDate>Sat, 28 Apr 2012 18:19:17 +0000</pubDate>
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		<title>(English) Vivir en Fukushima (Marika Yoshida) : Spanish translation</title>
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		<pubDate>Fri, 27 Apr 2012 20:33:09 +0000</pubDate>
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		<title>(English) Haruki Murakami : Jako naivní snílek (Czech translation)</title>
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		<pubDate>Fri, 20 Apr 2012 17:22:38 +0000</pubDate>
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				<category><![CDATA[Planting Seeds Together]]></category>

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